地球に光響く日 明日の心を作る癒し処 Earth Healing ~明日処~ 光の導管、メッセンジャー飛鳥がつづる魂の言葉達です。
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以前、知人から話を聞いてほしい、と
お願いされることがよくあった。

大抵は
お茶でもしながらお話できませんか?というような
そんな感じで言われることが多かった。

何を話したいのかはその時点では
あんまり言わないのだけれど
とにかく会いたいというようなことで。

結局話の内容は、
霊的、あるいは神様的
スピ的なお話を聞いてほしいということになる。


わたしは仕事として
セッションという形でお話を伺っているので
お話のスタイルも結局セッションに近くなる。


それをご存じの上で
お茶でも、、、というのが結構多かった。

しかし、
こういうのは本当に困るのであって

セッションは場をきちんとつくるし
私も相手も、
お互い差し出す、受け取るというその前提で来ているのだけれども

お茶でも、、、的雰囲気の中では
それは成立しない。


以前は八百屋さんにいって
沢山置いてあるのだから
そこのリンゴただで下さいっていっているようなものだ
どうしてそんなこと頼めるのかな?と思っていたし


ちょっとたのめば話を聞いてくれる
便利なプチカウンセラー的に利用されているのかとも
思ったのだけれど。


最近は
そういうことも、こういうことも
ありがたく奉仕させていただけばいいや、と
思うようになったら
ずいぶん楽になって
逆にそういう申し出は減ったように思う。


わたし自身はヒーラーさんに
プライベートで会ってほしいとお願いしたことはない。

どんなに何回も通っていて
お互いよく知っている方でも
ちょっと話を聞いてほしいと思ったら
当然予約をして会って頂いていた。

ちょっとご意見を頂きたいなと思ったときには
相手のご都合にあわせて
自ら出向き、相手の時間の流れに添うような形で
お話を聞くのが当たり前だと思っていたからだ。


たぶんわたしがそういうことを頼まれるのは、
プライベートと仕事をきちんと切り離しができていないので

なあなあにしてしまう雰囲気があるからなのだろう。


わたしは「先生」扱いされて
聖人君子のように思われるのも
いやなのだけれども

でもやっぱり
クライアントさんとお友達という感じでもない。


そのあたりのことが
あるヒーラーさんのブログを読んでいてすごくよくわかった。
お会いしたことのあるヒーラーさんではないのだけれど
しっかり色々なことを説明してあるのを読んで
とても参考になった。


わたしの場合、
それほど商売っ気の有る方ではないけれど
でも
プロとしての意識は
あると思う。

わたしの「プロとしての意識」というのは
どちらかと言えば
求道家の意識に近いのかもしれない。

人にはあまり説明はしてこなかったと思う。

自分なりのすじがあり
それを通すつもりだ。

「人への奉仕が自分にとっての修行」
そういう言葉で表現するけれども

実際問題、
それを行わなければ
受けた仕事が完了しない、と思えば
奉仕という形であろうが何であろうが
やらせていただくということだ。


やさしいだけで
ヒーラーはできないし

ときにはきっぱり厳しい対処のしかたも
できないと
やってゆけないと思っている。

 

小学二年生の時に行ったことが
ヒーリングなの??と
お思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが

自分にとってはそういう感じでありました。

クラスメイトは決して仮病ではなかったと思いますし
わたしが急に具合が悪くなったのも
仮病ではなかったので。

あるいは「ヒステリー」では?と分析される向きもあるかも。

でもあっという間にじぶんも治ってしまったということと
体から抜ける感覚というが残っていたということ。

その辺りでおそらく何か霊的な作用によるものだったのかも、と
推測はしています。


ま、いずれにしても幼い頃の記憶ですので
当てにはならないと言えば其れまでですが、

自分のヒーリングの場合
体全体からエネルギーが出るということは
何人かの先生(??)から
指摘されたことでもありますので
それはそういう傾向があるのだと思います。


小さい頃の方が
限りなくエネルギー的存在に近く
境界はあいまいなものでした。


今はお陰様で
安定していると言えますが

果たしてどちらの状態が良いのか、
より自分自身の状態に近いのかは
まだ、よくわかりません。


「自己自身へ回帰する」道はまだ続いているのですし。


宮崎県椎葉村 嶽之枝尾神楽を見てきました。
紀尾井ホールにて。

当日券に並んで
学生割引でゲット!

すごく面白かったです。

舞手はみな男性で
いわゆる神社の神楽舞(巫女舞)とは
雰囲気がまるで違いますが

りりしくて
華やかで力強く
とにかく見入ってしまうような
すばらしさがありました。

宮崎県椎葉村は面積は香川県くらいあるそうですが
人口は現在三千人程度で
こうした神楽も継承者が少なくなってきていて、
そのあたりが少々悩みなのだそうです。

御幣も赤や緑、白などカラフルで
「高天原」と呼ばれる神屋も竹に赤と白の布を垂らし
その紐を引っ張る綱引きなどがあり
色々な見せ場があって楽しかったです。
kagura.JPG







(↑リーフレットの写真より)

最後に舞台の解体にともなって
御幣を頂けるというので
行ってみたところ

縄で作った蛇の
切れ端を渡して頂きました。

しかし、、
長さは五尺はあろうかという代物。

かなりたじろぎ
「いや、、これは・・・、あの・・・。。。」と
思わず言葉をのんでしまう大きさ。

しかし
結局有り難く頂いて参りました。

nawa.JPG

「縁起物だから、かざるとかなり良いよ。」という
一言に背中を押されてしまったのですが
これを持って電車に乗るのもちょっと躊躇してしまうほど。
しかし、
勇気がいるのは最初の内だけ。(笑)



今は丸めて私の部屋に鎮座しております。

結構な重量なのです。


この間、豆まきのお手伝いの時には
福男さんから、金のひょうたんの根付けを頂きました。

なんかめでたい気がします。

高校生くらいの時から

何故か
人の抱える葛藤が理屈抜きで
わかるようになった。

誰かが一言話すと
なぜ今この言葉に対して
この表現を使ったのか


ホントはどういう思いなのか
言葉の裏にある思いあって、

そして
その思いはどんな風につくられたのか

そういうことが
なんとなーーく、ぱっと入ってきた。

わたしは
みんな誰もがそうなのだと思っていたので

一言しゃべると
全部心の内が伝わって
たとえば、
劣等感とかプライドとか
嫉妬とか諸々

ばればれになっちゃうのに

よくみんな言葉を話す勇気があるなぁ・・・、

と思っていた。


だんだん
それが勇気ではなくて
唯単に、気付いてないだけなんだ、と分かってきたけれども

それでも
「話す」ということには
積極的にはなれなかった。



今でも
普段話を聞いていると
その人の中の諸々が
ついうっかり見えてしまうこともある。

できるだけ見ないように気を付けているのだけれども。


だから
自分も隠していてもばれると思っている(笑)

あるいみ
誰もがみんな
はだかの王様なんだけれども

そうは思っていないんだよね。


その中で
私一人服を身につけていられるとも
思ってない。


他の人に気付かれようが
気付かれまいが

裸の自分が
すっきりしてないと
自分がいやだもん。

だから
自分の本音には気付いていたいんだよね。




 

元横綱の引退に関して、
内舘氏は彼に対し

何らかの仕事をなさると思うが
その業界、国、仕事に敬意を払って頂きたいと思う、
という内容のコメントを出していた。

引退問題については
私はノーコメントなのだけれど

しかし、ニュースを見ていて
この「敬意」を祓うということは
ひょっとして
けっこう難しいことなのかもしれない、と思った。


たとえば日常的に
様々なことを聞かれる時に、

(それはセッションとかに限らないで
勉強してきた事に関してであったり
色々なことなのだけれど)

そういう時に
きちんと私に対して敬意を払って頂いているなと
わかる場合は、はっきり伝わるのだ。


でも
いくら言葉を丁寧に重ねて頂いても
敬意を払っていない場合には
すぐにわかる。


ちょっとした所に
出てくるものだ。

だから
「敬意を払う」と一言に言っても
なかなか難しいのではないかと思う。

わたしなども実際、
まずは形を整えれば良いか、と思うときもある。

それも一つの方法で、
まだせめて
形だけでも整えれば良い方かなと思うのだけれども


さらにそれに加えて、
本音の部分に矛盾がなく
自然とそれが敬意という思いに繋がっていれば
表に出てくるものだ。
それは一番上等だと思う。

そういうものは
いくら言葉使いが乱暴でも
人には伝わるものだ。


しかし
自分の本音を本人が自覚していないと
なぜ自分の態度が人の心に届かないのか
疑問に思ったりするのだろう。


本音は
自分にはわからなくとも
人からは見えてしまうものだから。


だからわたしも、
どうして人がこういう態度を返すのかと思ったときに
自分で自分を振り返るようにしているのだけれど


ご都合主義が抜けて行かないと
なかなか自分の中の隠された本音に気付かないこともある。

そんなことの繰り返しを続けながら
次第に心の中が単純になってゆくのかなぁと思う。

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