地球に光響く日 明日の心を作る癒し処
Earth Healing ~明日処~
光の導管、メッセンジャー飛鳥がつづる魂の言葉達です。
いつもお越しいただきまして
ありがとうございます。
さて先日、
祝詞について書きましたけれども、
本当は祝詞は
すべて漢字で書かれています。
しかし、ブログ上でその形で書くのは
ちょっと難しいので、
ひらがな交じりで書かせていただきました。
それから、
祝詞は一応正式には
紙に書いたものを読み上げるのだといわれますが
ご家庭などでなさる分には、
覚えてしまって何も見ないで
奏上してかまわないと思います。
それから
作法についてなのですが
「三歩進む」とか
「三歩退く」というのも
ほんとうはどちらの足から進む、退くというのも
決まっています。
でも
そんなに厳密に書かなくてもよいかなぁ、、ということで
UPさせていただきました。
もしもご興味がある方がいらっしゃいましたら
お聞きくださいませ。
一応補足をさせていただきました。
何かのお役に立てたら幸いです。
神棚拝詞を奏上する前に
もうひとつ祝詞を奏上するのが
良いと思われますので
それについて
今日はUPしておきます。
と、申しましても
おそらく皆様よくご存知の
祓詞(はらへことば)のことです。

「祓詞」
掛けまくも畏き(かしこき)
かけまくもかしこき
伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)
いざなぎのおおかみ
筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の阿波岐原(あはぎはら)に
つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに
御禊(みそぎ)祓へ(はらへ)給ひし(たまひし)時に生り(なり)坐せる(ませる)
みそぎはらへたまひしときになりませる
祓戸(はらへど)の大神等(おおかみたち)
はらへどのおおかみたち
諸諸(もろもろ)の禍事(まがごと)
もろもろのまがごと
罪 穢(けがれ)有らむをば
つみけがれあらむをば
祓へ給ひ
はらへたまい
清め給へと白す事を
きよめたまへともうすことを
聞こし食せと
きこしめせと
恐み恐みも白す
かしこみかしこみもまうす

さて、
神社でご祈祷を受けたことのある方は
よくご存知かと思いますが、
ご祈願のための祝詞を神職が奏上する前に
はたきの大きいのみたいなもので
頭上を払われたりすると思います。
この、はたきの大きいのみたいなものを
大幣(おおぬさ)と申します
その前に唱えるのが
この祓詞です。
修祓(しゅばつ)と申しまして
ご祈祷の前に
祓い清めるために
祓詞を奏上し、大幣で清めることを行います。
作法についてですが、
祓詞を奏上するときの作法も
祝詞奏上の作法と同じです。
とにかく頭を下げる回数は多いのですが
祭式の授業の時に先生がおっしゃっておられたのは
神職は崇敬者の方々に
自分の背中で
神さまを感じさせるように
しっかりと 作法を行うように
ということでした。
ここから先はわたしの解釈ですが
丹田にしっかり力を入れて
背骨をまっすぐにして
神に対する
畏怖の念を以て
ご奉仕することが
後ろでご覧になっている方々に
何かをお伝えするということかなと
思いました。
今の時代
神への畏怖など
ちゃんちゃらおかしいと
お思いになられる方も多いのではないかと思いますが
神様は
恐い存在でもあります。
たぶんそのことを忘れていらっしゃる方が
とても増えたのでしょうね。
たしかに
わたしたちのボディーも変化していて
密度も軽やかになっておりますから
以前よりは神的世界に近づいているとは思います。
でも
神も人も同じと思って接する場合
それにふさわしいエネルギー領域だけが
アクセス可能なのだということではないかと
わたしは思います。
つまらないことを
書いてしまいました。
こういうことは
自分の身をもって体験して初めてわかることです。
ここに書いても意味のないことでした。。(笑)
いつもご覧いただきありがとうございます。
今日も一日皆様にとって
素晴らしいことが沢山起こりますように
もうひとつ祝詞を奏上するのが
良いと思われますので
それについて
今日はUPしておきます。
と、申しましても
おそらく皆様よくご存知の
祓詞(はらへことば)のことです。

「祓詞」
掛けまくも畏き(かしこき)
かけまくもかしこき
伊邪那岐大神(いざなぎのおおかみ)
いざなぎのおおかみ
筑紫の日向(ひむか)の橘(たちばな)の小戸(おど)の阿波岐原(あはぎはら)に
つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに
御禊(みそぎ)祓へ(はらへ)給ひし(たまひし)時に生り(なり)坐せる(ませる)
みそぎはらへたまひしときになりませる
祓戸(はらへど)の大神等(おおかみたち)
はらへどのおおかみたち
諸諸(もろもろ)の禍事(まがごと)
もろもろのまがごと
罪 穢(けがれ)有らむをば
つみけがれあらむをば
祓へ給ひ
はらへたまい
清め給へと白す事を
きよめたまへともうすことを
聞こし食せと
きこしめせと
恐み恐みも白す
かしこみかしこみもまうす

さて、
神社でご祈祷を受けたことのある方は
よくご存知かと思いますが、
ご祈願のための祝詞を神職が奏上する前に
はたきの大きいのみたいなもので
頭上を払われたりすると思います。
この、はたきの大きいのみたいなものを
大幣(おおぬさ)と申します
その前に唱えるのが
この祓詞です。
修祓(しゅばつ)と申しまして
ご祈祷の前に
祓い清めるために
祓詞を奏上し、大幣で清めることを行います。
作法についてですが、
祓詞を奏上するときの作法も
祝詞奏上の作法と同じです。
とにかく頭を下げる回数は多いのですが
祭式の授業の時に先生がおっしゃっておられたのは
神職は崇敬者の方々に
自分の背中で
神さまを感じさせるように
しっかりと 作法を行うように
ということでした。
ここから先はわたしの解釈ですが
丹田にしっかり力を入れて
背骨をまっすぐにして
神に対する
畏怖の念を以て
ご奉仕することが
後ろでご覧になっている方々に
何かをお伝えするということかなと
思いました。
今の時代
神への畏怖など
ちゃんちゃらおかしいと
お思いになられる方も多いのではないかと思いますが
神様は
恐い存在でもあります。
たぶんそのことを忘れていらっしゃる方が
とても増えたのでしょうね。
たしかに
わたしたちのボディーも変化していて
密度も軽やかになっておりますから
以前よりは神的世界に近づいているとは思います。
でも
神も人も同じと思って接する場合
それにふさわしいエネルギー領域だけが
アクセス可能なのだということではないかと
わたしは思います。
つまらないことを
書いてしまいました。
こういうことは
自分の身をもって体験して初めてわかることです。
ここに書いても意味のないことでした。。(笑)
いつもご覧いただきありがとうございます。
今日も一日皆様にとって
素晴らしいことが沢山起こりますように

『神道集』東洋文庫本 p.436~437より抜粋
「・・・神道集の編集に日光・赤城旅神々の戦の面白い話を何故
採用してこなかったのか不思議である。
日光赤城両神の戦闘を中に立てての点だけから云うと
柳田翁も申される如く、これは近江を本貫とした小野氏に
糸をひくものの持ち伝えた話であったから、
神道集巻五に、日光権現現事・宇都宮大明神事と並べて本地の霊験を解きつつも、
赤城の神との闘争を語りたがらないのは、
神道集の編者が日光の神の信仰を語って歩く神人圏とは、別な信仰集團に
属してゐたがためではなかったかと思われる。
こうした推測をさらに言葉を換えて云えば
少なくとも東国地方には赤城の神を奉ずる神人団と
小野氏の如く日光の神(宇都宮をふくめて)の效驗の裡に生きた
神人群の二系統があったのかと申すことである。
しかし下野の神々の物語を語った神人団も、
神道集と関係した神人群も、
私はやはり小野氏の系列のものであったろうと思う。
その辺りの消息は、神道集の中に隠顕しているのであって、
中でも宇都宮明神の活動のふしぶしを伝えるのはそれであった。
このことは両神人団は同じ小野流でありつつも、
日光宇都宮両明神の話を語る神人団と、
特に赤城明神の神威を徳神人団とは、
神道集における赤城明神の語り方において、
何か一致しないものの伏在を思わせる。」
安居院作『神道集』は
鎌倉時代の説話集であり
日本の神道を仏教の立場から説いた文章を
集めたものだと考えられます。
まだちらちら見た段階なので
ほんとうに単なるメモなのですが
この『神道集』巻三の十五「武蔵六所大明神事」では
武蔵国一宮が
「小野大明神」となっていて
三宮が
火河大明神(=氷川大明神)と書かれているということを
以前氷川神社の縁起を調べていたときに知りました。
今日はたまたま『神道集』を調べる機会をいただいたので
「武蔵六所大明神事」を確認してみました。
また、
この『神道集』がどういう本要素をもつ本なのか
ちらっと見たところ、神道集関係として、
「上州の語り物」さらにその後ろに
「神道集について」という文章がありました。
上に抜き書きしたノのはその
「神道集について」という部分からのものです。
『神道集』は色々な本が出ておりますが
この本は東洋文庫本で近藤喜博氏が編集となっています。
さて、抜き書きした部分ですが、
この『神道集』をもともと唱導した人々が
小野氏系統だとして
その小野氏系統と
小野神社とは何か繋がるのか
それとも全く関係ないのか
確認してみたいな、と思います。
武蔵国一宮がこの『神道集』で小野神社となっているのは
国府と地理的に近かったからであろうという見解を
「大宮市史」や確か、、『武蔵の古社』でも
読んだような記憶があるのですが・・・・?
唱導した人々と、一宮が小野神社と書かれていることとが
なんらかの関係があるのかどうか
そのうちわかれば良いな~、、と思います。
現段階では
本当にちらっと見ただけで
忘れないように覚え書きということで。
長々すみません。
今日は図書館で色々本を探していたら
荷物が重くて腰を痛めてしまい
図書館にて座りながら
ひっそりとヒーリングするはめになってしまいました。
何故か今日は先生方に遭遇する確率高く
「あやしい」ヒーリングは目にふれないように
すみっこにて
ひっそり隠れつつ
腰をさすっておりましたが・・・。
湿布をして休みます。。
おやすみなさいまし。
「・・・神道集の編集に日光・赤城旅神々の戦の面白い話を何故
採用してこなかったのか不思議である。
日光赤城両神の戦闘を中に立てての点だけから云うと
柳田翁も申される如く、これは近江を本貫とした小野氏に
糸をひくものの持ち伝えた話であったから、
神道集巻五に、日光権現現事・宇都宮大明神事と並べて本地の霊験を解きつつも、
赤城の神との闘争を語りたがらないのは、
神道集の編者が日光の神の信仰を語って歩く神人圏とは、別な信仰集團に
属してゐたがためではなかったかと思われる。
こうした推測をさらに言葉を換えて云えば
少なくとも東国地方には赤城の神を奉ずる神人団と
小野氏の如く日光の神(宇都宮をふくめて)の效驗の裡に生きた
神人群の二系統があったのかと申すことである。
しかし下野の神々の物語を語った神人団も、
神道集と関係した神人群も、
私はやはり小野氏の系列のものであったろうと思う。
その辺りの消息は、神道集の中に隠顕しているのであって、
中でも宇都宮明神の活動のふしぶしを伝えるのはそれであった。
このことは両神人団は同じ小野流でありつつも、
日光宇都宮両明神の話を語る神人団と、
特に赤城明神の神威を徳神人団とは、
神道集における赤城明神の語り方において、
何か一致しないものの伏在を思わせる。」
安居院作『神道集』は
鎌倉時代の説話集であり
日本の神道を仏教の立場から説いた文章を
集めたものだと考えられます。
まだちらちら見た段階なので
ほんとうに単なるメモなのですが
この『神道集』巻三の十五「武蔵六所大明神事」では
武蔵国一宮が
「小野大明神」となっていて
三宮が
火河大明神(=氷川大明神)と書かれているということを
以前氷川神社の縁起を調べていたときに知りました。
今日はたまたま『神道集』を調べる機会をいただいたので
「武蔵六所大明神事」を確認してみました。
また、
この『神道集』がどういう本要素をもつ本なのか
ちらっと見たところ、神道集関係として、
「上州の語り物」さらにその後ろに
「神道集について」という文章がありました。
上に抜き書きしたノのはその
「神道集について」という部分からのものです。
『神道集』は色々な本が出ておりますが
この本は東洋文庫本で近藤喜博氏が編集となっています。
さて、抜き書きした部分ですが、
この『神道集』をもともと唱導した人々が
小野氏系統だとして
その小野氏系統と
小野神社とは何か繋がるのか
それとも全く関係ないのか
確認してみたいな、と思います。
武蔵国一宮がこの『神道集』で小野神社となっているのは
国府と地理的に近かったからであろうという見解を
「大宮市史」や確か、、『武蔵の古社』でも
読んだような記憶があるのですが・・・・?
唱導した人々と、一宮が小野神社と書かれていることとが
なんらかの関係があるのかどうか
そのうちわかれば良いな~、、と思います。
現段階では
本当にちらっと見ただけで
忘れないように覚え書きということで。
長々すみません。
今日は図書館で色々本を探していたら
荷物が重くて腰を痛めてしまい
図書館にて座りながら
ひっそりとヒーリングするはめになってしまいました。
何故か今日は先生方に遭遇する確率高く
「あやしい」ヒーリングは目にふれないように
すみっこにて
ひっそり隠れつつ
腰をさすっておりましたが・・・。
湿布をして休みます。。
おやすみなさいまし。